topics 37. キミがいない世界

「わたしは春が好きよ」　
　そう言った彼女のために源氏は春の御殿を建て、春の庭を造りました。花が咲いた、いい香りだと春を愛でてくれた愛しい人はもういません。

雪の降る夜にかつての雪の日のことを源氏は思い出します。朝顔の君にプロポーズしたものの断られて帰ってきた日も雪の日で、事情を説明言い訳しながらふたりで雪景色を眺めました。
　女三宮と結婚した日、急いで夜明けに紫の上のところに戻ってきたときも雪の日でした。

　他の女子との恋愛沙汰や結婚で紫の上を傷つけてばかりいました。深く傷ついているのにそれを気づかせまいと健気に振舞ういじらしい彼女でした。

おばあちゃまである紫の上から二条院の紅梅の木をもらった匂宮が今年の梅の花を愛でます。匂宮と紫の上の話（紅梅と桜を大切にしてね）を聞いた源氏はまたじわじわと悲しみにくれます。

お屋敷の中はまだ喪服の女房たちや喪服でなくても地味目の装いの人たちばかりで、自分も華やかな衣装ファッションは避けているし、インテリアもとっても簡素で見た目にも寂しい様子なのを源氏は嘆きます。屋敷の華だった彼女がいないのです。同じお屋敷でも殺風景に見えるのかもしれません。

明石の御方を訪ねて、紫の上がいなくて寂しいと愚痴をこぼす源氏。明石の御方と恋に落ちたことでも紫の上を傷つけました。けれども紫の上は我が子でない明石の姫君を引き取り、愛し慈しみ育て、明石の御方とも友情を深めました。あんなにデキた女性は他にいないとまた紫の上を恋い慕います。

衣替えの衣装を整えるのは妻の役目です。おそらく今までは紫の上が源氏の衣装を用意していたでしょう。今年は紫の上の代わりに花散里が用意をして衣装を届けました。
「今までは紫の上さまが用意なさっていたことだものね。また思い出しちゃうわね」
　心優しい花散里の気遣いが胸を打つけれど、やっぱり恋しいのは紫の上です。

五月雨の降る夜、様子を見に来てくれた夕霧とふたりで紫の上を偲びます。ほととぎすはあの世とこの世を行き来する鳥とされていたんですって。そのほととぎすに紫の上のことを想って語りかけます。

夏の蜩の鳴き声を聞いても、蛍の光を見ても、想うのは紫の上のことばかりです。

七夕の伝説の織姫と彦星が別れる朝と自分たちの別れを重ね合わせてまたもや源氏はツラさを味わいます。

紫の上の一周忌を迎えました。月日が経っても悲しみは薄れるどころか尽きることがないようです。

九月には長寿を願う重陽の節句があります。ふたりで長寿を願ったのにその人はもう隣にいません。

秋の時雨にますます悲しく寂しくなってしまう源氏。空を並んで渡る雁を見てもうらやましいんですって。

秋の時雨にますます悲しく寂しくなってしまう源氏。空を並んで渡る雁を見てもうらやましいんですって。

紫の上が送ってくれた手紙を読み返して源氏はまた悲しみに暮れます。しかもその手紙はあの須磨まで届けられた手紙でした。
「どんなに離れていてもあなたとわたしは繋がっているわ」
「会えなくて寂しいけれど帰ってくるのを待っているわ」
　そんな手紙に源氏の涙が落ちて文字の上を流れます。

あのときは京と須磨での離れた状況だったけれど、今はあの世とこの世というもっと離れてしまった状態で、紫の上の語ってくれている言葉がより源氏の心に刺さるようですね。
　すべての手紙を燃やして彼女と同じ煙にしてしまいます。

紫の上を亡くしたのが秋。彼女を見送ったあとの冬からの約１年間でした。例年通り季節が巡っても、年間の行事を行っても、愛しいあの人だけが側にいません。